コスチュームアーティストとして衣装やテキスタイルを用いた作品を中心に活動をするひびのこづえさん。近年は衣装だけでなく「にほんごであそぼ」(NHK教育番組)のセットや野田秀樹さんの舞台デザインなど活躍の場を広げています。そんなひびのさんのクリエイティビティを病院の空間へ取り込みたい!とプロポーザルコンペにも関わらずお声がけし、実現に至ったのが福岡大学新診療棟小児医療センターにおけるアートワークです。建築空間におけるコミッションワークに初めて取り組まれたひびのさんに当時の想いやプロジェクトを終えてからの感想をうかがいました。
(取材:天野・平尾 / 編集:天野(以下TA))


空間に関わるアートプロジェクトへの関心とその難しさ

TA:
病院のアート計画について、さらにはコンペという形式でという話にはどう思われましたか?
ひびの:
ちょうど「にほんごであそぼ」でセットをやりはじめて大分経っていたから、空間に対するノウハウが少しあって、私のなかで面白いなと思える頃だったので引き受けました。コンペだったので、タウンアートにまかせて料理してもらえばいいかなというくらいの気持ちでしたね。
でも長期に渡る仕事の進め方は、私の仕事のペースが短い単位でやっているからギャップはありました。

ひびのこづえさん アトリエにて

TA:
長期的なプロジェクトの場合、クリエイティブなエネルギーの出し方が少し違ってくるのでしょうか。
ひびの:
やってることはどの仕事も時間があってもなくても同じですが、(各過程の間に)時間があるとその間に他の仕事に集中しなければならず、「忘れてしまう」ということが起きるんです。もちろん時間があると培養されたりとかいいこともあります。ただアイデアを出すという段階は最初に時間を使っていて、途中では培養してはいけない。最初に思っていたことが違った方向に行ってしまうのは危険で、それをちゃんと忘れずに着地させるということが大切なんです。
TA:
長期になるとそこがなかなか難しいということですね。
ひびの:
そうですね。あとコンペということも私にとっては初体験に近かった。コンペで通ったらそのまま行けばいいという考えがあるけど、今回の場合はそうじゃなくて、もっと突っ込んだなかで変えていかなくちゃならない部分もあったので、そこが難しかったところかもしれないですね。でもそれはしようがないことで、最初にプレゼンしたことが全て通るわけでもないし、病院の体制とかもはじめはよくわからないですしね。

表現方法の方向転換

TA:
ある箇所については一から考え直してほしいという要望がありましたね。最初に思っていたことを忘れずにもう一度考えなくてはならない場面で、どのようにデザインシフトしていったのでしょうか?
ひびの:
そこを忘れてしまいました(笑)。何がきっかけで「切り絵」にしたのだったか…
TA:
そこです(笑)。私たちも(新たな具体案として)原画を拝見したときに、切り絵であることに新鮮さを感じました。
ひびの:
先生達が「強烈なイメージが欲しくない」「あまり決め付けられた感じになりたくない」という考え方があったので、ちょうどそのときに気に入っていた紙(色のついた薄紙)を使ってみたんです。切り紙は、下書きを描かずに切っていくので、表現があまりはっきりしなくなる。多少複雑なものは簡単に描いているけれど、なるべく意図しないかたちができるようにと切り紙でやったんですよね。
あの紙自体がちょっと透けていて重なりがきれいなので、光とか水の波紋とかそういうのを表現するには方法がよかったなと思います。でも、よくあれを本物の作品にするときにいいアイデアを出してくれましたよね。だから着地できてよかったですよね。私はあの時はこれをどうやればいいかを考えずに、ただ描きましたけど(笑)

デザインと制作:新しいアイデアが入ってくることを楽しむ

TA:
当初の話し合いで、デザインと制作を分けて、建築に落とし込むための制作方法や素材のあり方はタウンアートからご提案してまとめていきましょうと決め事をしましたが、そのやり方はこづえさんにとって馴染みのある方法でしたか?
ひびの:
私はその方法が好きです。やっぱり自分だけでやっているとどうしても偏るので、新しいアイデアが入ってくるほうが私の描いたものが変化していくので好きですよ。だから、このモチーフ(3F外来の虫や蝶などの絵柄)を布でやってくれたのはすごい気に入っています。あれは面白いですよね。こういう風にひょこっとそういうのが出てくるとテンション上がります。
コスチュームの場合、普段は自分で素材を探しますが、例えばアシスタントと一緒に生地屋に行って、そこで私が目に留めなかった生地を「これがいいと思う」というその一言で、なるほどねということが起きたり。制作する人が間違って作ってきても、それが逆に面白いということもあったり。そういう小さなことの積み重ねですね。ただ自分の目では必ず見て、確認しますが。なるべくそういうことを大切にしています。
だから衣装のパターンでも自分では引かないのは、引けないのもあるけど、自分で描いた絵をかたちに起こしたときに面白いことが起きたりするからなんです。
TA:
そういう意味では今回は自然な流れだったんですね。
ひびの:
はい。だから実はこれ(虫や蝶の絵柄の切り抜き)を見たときにはびっくりしたんですよ、この切り取り方に。私の小さい原画からかたちを起こしてくれたので、だからちょっとへんてこな感じがあって、でもそれがいいなと思って、変更せずにそのままにしたんですよね。違う人の線が入ってくるとそれはそれで面白い。自分が新鮮になれるので。
TA:
5Fのアクリルのアウトラインについても、絵柄に沿うのか、おおまかに切り取るのか、ご相談しながらでしたね。
ひびの:
そう、大きくぶれないためのところはもちろん意見をしますが、でもああいう手法を探してきてくれたのはすごい面白かったですよね。原画を起こす時点で、透ける素材といえばなんとなくアクリルかなとは思っていたけど、具体的には想像ができていないので。それでもなんとかなるだろうという(笑)。

5F 廊下

TA:
建築空間における素材については私たちのほうが経験はあり、そこからご提案できることはあるかなと思ってはいましたので、そうおっしゃっていただけると嬉しいです。

建築計画、備品計画との連携

ひびの:
外来は壁がピンクになって、結果的にはすごいあの世界だけ切り抜かれたみたいになったし、病棟は白でよかったと思いますし。いろんな人の意見が入って、それが固まっていったという意味ではすごくよかったと思いますね。
TA:
壁の色を変更するなど、そういった建築的な要素をきちんと調整できたのも、設計者の方々がとても協力的だったところが大きかったと思います。
ひびの:
そうですね。最後はソファーの色もね、白くなりましたしね(笑)。

外来 待合

TA:
はい。あれは本当にデザインの力だったと思います。現実的には、建築と備品は別の部署が担当していることが通常なので、(デザインの連携は)なかなか難しかったりします。でも実際にできあがっていくアートを見て、これは家具の色にも配慮しなくてはならないと、先生方や施設課の方々が認識を持ち始めてくれました。こちらが事前に働きかけてもなかなか変わらなかった意識が、やがて確信にまで変わったというその変化は、アートやデザインのもつ力がもたらしたものですよね。

建築名称:
福岡大学病院新診療棟 小児医療センター所在地: 福岡県福岡市城南区七隈
納入完了: 2010年12月アーティスト:ひびのこづえ